遊びの場や、体験の機会を取り戻そう−金太郎塾・塾長 竹井史郎
学問、学歴重視の時代が続き、今その様々な弊害が現れてきています。それに気づき、画一的な人間を避け、創造力に富み個性あふれる人間をと日本の社会も望むようになりました創造力、個性などというものは、成人してから身につくものではありません。幼児期からの体験の積み重ねのなかで、自然に育っていくものではないでしょうか。その体験の積み重ねが、子どもにとって「遊ぶ」ということなのです。
「遊ぶ」ということは、単に楽しいけれども無益な時間を過ごすことを指しているのではなく、楽しく過ごしながら創造性の開発・社会性の養成・科学的見方の訓練など、様々なことを無意識のうちに身につける大切な時間のことだと思います。
私は週末に自宅を開放して、小学校1年生から6年までの約20名の子どもたちと遊んでいます。いわば縦割りの遊びの集団を意識的に作り、時に私がガキ大将の役目をやり、遊びと関わっているわけです。子どもたちと遊んでいると、いろいろなことを考えさせられます。
世界で最も繁栄している日本の社会の中で、本当に恵まれた生活をしている子どもたちは、マスコミの発達等により比較できないぐいらいの膨大な情報にとり囲まれて、何を取り入れるべきか、混乱しています。そして大人も子どもに何が必要なのか、何を与えればよいのか分からなくなっているのが現状です。
子どもは遊びながら成長していきます。遊ぶことが少なくなった現代の子どもたちに、遊ぶことを教えていくのはとても大切なことだと思います。遊び教えていく際、大切なこととして次の3点を挙げてみます。
◎両親が兄弟姉妹となって一緒に遊ぶ。
現代は1人っ子、2人っ子の家庭が増えてきました。昔、兄弟姉妹や近所の子どもたちと大勢群れて仲良く遊んだ家庭環境とは全く違ってきていることに気付かれると思います。
両親がいつも父親・母親の立場で子どもに接するだけでなく、兄弟姉妹の立場にたって一緒に遊ぶことが必要です。この場合、自分が子どもの頃遊んで楽しかった遊びを一緒にしてみることをお勧めします。例えばキャンプ遊び。大げさなキャンプの必要はありません。ベランダに置いた大きなダンボール箱や、物干し等からたらしたビニールシートでも子どもにとっては立派なテントです。その他、子どもの頃を思い出しながら気軽に遊んでください。
◎自然の中で遊ぶ機会をできるだけ多くつくること。
私は子どもたちとよく山や川や海に出かけます。山では木に登ったり、ロープや木のつるでターザンごっこをしたり、探検をしたりします。アケビややまぐりやムカゴを拾ったり焼いて食べたりもします。川や海では水中メガネをつけて水に潜って、水の中の世界を楽しんだり、もりで魚をとったり、手で魚をつかんだりして遊びます。
自然の中で夢中で遊んでいる子どもたちを見ていると。こうゆう姿こそ子どものあるべき本来の姿と思わずにはいられません。自然の中でたくさん遊んだ子どもたちは、山や川や海が大好きになり、自然を愛するやさしい心を持った子どもに育ってくれると信じています。
◎昔の子どもが経験してきた生活に必要な体験を、遊びとして体験させること。
例えば火。昔はふろやご飯を炊くのに、たえず火をおこし、火の番をしながら様々な経験を重ねてきました。現代では、特に都会では、火を扱う機会はほとんどありません。たき火をすると、子どもたちは火のおもしろさ、不思議さに夢中になります。又、たき火を通して楽しさだけでなく、火の怖さも経験させることができます。中学や高校になって、マッチで火遊びをし、火に囲まれて死亡するといった不幸な事故は、子どもの頃から火の体験を十分積んでいれば、あるいは起こらなかったことかもしれません。
ナイフについても同様です。鉛筆を削ったり、台所仕事を手伝うことの少なくなった現在、危険だからとナイフを取りあげられては、刃物の扱い方が経験できません。少々の傷は大目にみて、気長に使いこなす術を身につけさせましょう。それによって、ナイフをうまく使いこなすだけではなく、不注意に扱えば傷つき、血がでて痛い思いをするということが身をもって認識できます。そこから他人の痛みを自分の痛みとして感じる心も育つのではないでしょうか。
子どもをとりまく環境から、遊びの場や体験の機会を奪ってしまった大人たちは、積極的に子どもたちにそれらを与えていく努力をしなくてはならない時代がやってきていると思います。
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